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研究会の講義録
 

23 <逆流性食道炎に対する鍼灸治療>

古典鍼灸青鳳会 平成25年3月

 
Ⅰ. 逆流性食道炎に対する西医的見解
 
逆流性食道炎は、酸性胃液が食道内に過剰に逆流することによって起こる。その原因として、食道裂孔ヘルニアによる下部食道括約筋圧の低下、肥満や前屈姿勢による腹圧の増加、高脂肪食や食べ過ぎによる下部食道括約筋の弛緩などがある。

≪ピロリ菌と逆流性食道炎≫

ピロリ菌感染は胃粘膜の萎縮を来たし、酸分泌を低下させるため逆流性食道炎になりにくいとされている。
若年者ではピロリ菌感染者が低下しているため、以降、逆流性食道炎が増加する原因となりうる。
ピロリ菌の除菌によって逆流性食道炎となることがあるが、一過性で軽症例が多いので、除菌のメリットの方が大きいとされている。

A. 診断

食後に起こる胸焼けが特徴的な症状である。酸分泌抑制剤で症状が改善するときは、食道への酸の逆流がその原因になっていることが強く疑われる。咽頭・喉頭部の違和感、慢性的な咳、非心臓性の痛みの場合も、逆流性食道炎を原因として考慮する必要がある。

B. 治療方針

胃酸の分泌を抑制し、逆流を防ぐ目的で、薬物療法、外科的治療、生活習慣の改善をおこなう。生活習慣の改善としては、過食・高脂肪食をひかえ、食後すぐに横になることをひかえる、前屈姿勢や腹圧のかかる動作を避ける、就寝時に上半身を高くするなどを行なう。

≪外科的治療≫

食道を腹腔に引き戻し、胃底の一部を、ゆるくなった噴門のまわりに巻きつける、噴門形成術を行なう。治療効果には個人差があり、術後も薬物療法にたよる場合がある。
 
 
 
Ⅱ.素問・靈樞にみる逆流性食道炎
 

【 字   義 】
胃 イ いぶくろ   上部は胃の象形で、下部に肉の意を加える。説文に「穀府なり」とあり、府は蔵で、ものを集め収める意があり、蝟集の蝟と語義が通ずる。

●胃熱
逆流性食道炎は、酸性胃液の逆流によって下部食道が炎症を起こす症状であり、胃の実証症状といえる。この胃の実証症状については、素問では治療穴について書かれた諸篇に見られる。

素問・水熱穴論 第六十一
氣街、三里、巨虚上下廉、此八者以瀉胃中之熱也。

氣街・・・現行の氣衝

素問・気府論 第五十九
足陽明脈氣所發者六十八穴・・・
膺中骨間各一
 以下、緑字は王冰の掲げている穴名 =膺窗、氣戸、庫房、屋翳、乳中、乳根
氣街動脈各一 =氣衝
伏菟上各一=髀関
三里以下至足中指各八兪=三里、上廉、下廉、解谿、衝陽、陥谷、内庭、蜿兌

靈樞・海論では、衝脈を血海とも呼んでいる。
街 声符は圭 広い道路の両側に建物がならんでいるさま。
衝 声符はちょう重 広い道路、交通の要所。
街と衝は別の字であり、通ずるところはない。


●衝脈  ・・・腹部大動脈の疎通をはかり、胃熱の改善をはかる

靈樞・海論第三十三
衝脈者爲十二經之海、 

〈衝脈は十二經の海と爲す、〉
其輸上在干大杼、
〈その輸は上は大杼に在り、〉
下出干巨虚之上下廉。
〈下は巨虚の上下廉に出る。〉

靈樞・動兪六十二
衝脈者十二經之海也。

〈衝脈は十二經の海なり。〉
與少陰之大絡起干腎、
〈少陰の大絡と腎に起り、〉
下出干氣街、循陰股内廉、
〈下って氣街に出で、陰股の内廉を循り、〉
邪入膕中、循脛骨内廉、
〈邪(なな)めに膕中に入る。脛骨の内廉を循り、〉
並少陰之經下、入内踝之後、入足下。
〈少陰の經と並んで下り、内踝の後に入り、足下に入る。〉
其別者邪入踝、出屬憬上、入大指之間。
〈その別は邪(なな)めに踝に入り、出て憬上に屬し、大指の間に入る。〉
注諸絡、以温足脛、此脈之常動也。
〈諸絡に注ぎ、以て足脛を温める。此れ脈の常動のものなり。〉


● 解剖
靈樞・腸胃第三十一

黄帝問干伯高曰、余願聞、
<黄帝、伯高に問うて曰く、余、願わくば聞かん>
六府傳穀者、腸胃之小大、長短、受穀之多少奈何。
<六府の傳穀とは、腸胃の小大、長短、受穀の多少は奈何。> 伯高曰、請盡言之、穀所從出入、淺深、遠近、長短之度。
<伯高曰く、請う、穀の從って出入りする所、淺深、遠近、長短の度を盡く言わん。> 脣至齒、長九分、口廣二寸半、
<脣より齒に至る、長さ九分、口廣(はば)二寸半、>
齒以後至會厭、深三寸半、大容五合。
<齒より以後、會厭 (エエン 食道と気管の分岐点)に至る、深さ三寸半、大容五合。>
舌、重十兩、長七寸、廣二寸半、
<舌、重さ十兩、長さ七寸、廣二寸半、> 咽門、重十兩、廣一寸半。
<咽門、重さ十兩、廣一寸半。> 至胃、長一尺六寸。
<胃に至る、長さ一尺六寸。> 胃紆曲屈伸之長二尺六寸、
<胃は紆曲、屈伸して長さ二尺六寸、> 大一尺五寸、徑五寸。大容二斗五升。
< (最大部のはば)一尺五寸、徑五寸。大容二斗五升。>
小腸後附脊、左環迴周、疊積、
<小腸は後ろで脊に附き、左へ環り迴周し疊積す。> 其注干迴腸者、外附干臍上。
<それ迴腸に注ぐは、外のかた臍上 (~のあたり※1)で附く。>
迴運環十六曲、大二寸半、徑八分、分之少半、長三丈三尺。
<迴運し環ること十六曲。大は二寸半、徑八分と分の少半 (一分を三分した小さい方=三部の一分※2)、長さ三丈三尺。> 《小腸》
迴腸當臍、左環迴周、葉積而下迴運環反十六曲。
<迴腸は臍に當りて、左へ環り迴周す。葉積し下へ迴運し、環り反すること十六曲。> 大四寸、徑一寸、寸之少半。長二丈一尺。
<大四寸、徑一寸と寸之少半 (三分の一寸)。長さ二丈一尺。>《大腸》
廣腸傳脊、以受迴腸左環葉脊上下辟。
<
廣腸は脊を傳い、もって迴腸を受け、左へ環り、葉脊 (=積)し上下にひら辟く。>
大八寸、徑二寸、寸之大半。長二尺八寸。
<大八寸、徑二寸と寸之大半 (三分の二寸)。長二尺八寸。>《直腸》
腸胃所入、至所出、長六丈四寸四分、
<腸胃の入る所から、出る所へ至る、長さ六丈四寸四分、> 迴曲環反、三十二曲也。
<迴曲し環反すること三十二曲なり。>
※1 上 「~のそば、~のあたり」の意。論語・子釆 「子、せんじょう川上に在りて曰く・・・」
※2 四十二難 楊氏注に曰く、「分穀に三分有り、二を太半と爲し、一有るを少半と爲す」


難經四十四難
七衝門何在。然脣爲飛門、齒爲戸門、勹厭爲吸門、胃爲賁門、太倉下口爲幽門、大腸小腸勹爲闌門、下極爲魄門。故曰七衝門也。

〈七衝門は何(いず)くに在りや。しかり、脣は飛門と爲し、齒は戸門と爲す、勹厭 (のどと気管の接合部)は吸門と爲し、胃は賁門と爲す、太倉 (=胃)の下口は幽門と爲し、大腸小腸の勹は闌門と爲し、下極は魄門と爲す。故に曰く七衝門と。〉


●生理
素問・五藏別論第十一

 黄帝問うて曰く、余は聞く、方士の或るものは脳髄を藏となし、或るものは腸胃を藏となし、或るものは府となす、と。敢えて問はば、更ごも相反し、皆自ずからその道を知らずと謂う。願わくば、その説を聞かん。膈伯曰く、脳、髄、骨、脈、膽、女子胞、この六者は地氣の生ずるところのものなり。皆、陰を藏(おさ)めて、地に象る故に、藏めて寫さず。名づけて曰く、奇恆の府と。

夫胃大腸小腸三焦膀胱、此五者天氣之所生也。

〈それ胃、大腸、小腸、三焦、膀胱、この五は、天氣の生ずる所なり。〉
其氣象天、故寫而不藏。
〈その氣は天に象(かたど)るが故に寫して藏さず。〉
此受五藏濁氣、名曰傳化之府。
〈これ五藏の濁氣を受く。名づけて曰く傳化の府と。〉
此不能久留、輸寫者也。
〈これ久しく留むるあたわず、輸寫するものなり。〉
所謂五藏者、藏精氣而不寫也。故滿而不能實。
〈いわゆる五藏は、精氣を藏して寫さざるなり。故に滿つれども實するあたわず。〉
六府者傳化物而不藏、故實而不能滿也。
〈六府は物を傳化して藏さず。故に實すれども滿つるあたわざるなり。〉
所以然者、水穀入口則胃實而腸虚。
〈しかる所以は、水穀口より入れば、則ち胃實なれども、腸は虚なり。〉
食下則腸實而胃虚。
〈食下れば、則ち腸實なれども胃は虚なり。〉 《胃大腸反射》
故曰實而不滿、滿而不實也。
〈故に曰く、實なれど滿たず、滿つれども實せずと。〉

靈樞・平人絶穀第三十二 ・・・胃大腸反射
胃滿則腸虚、腸滿則胃虚。

〈胃滿つれば則ち腸虚し、腸滿つれば則ち胃虚す。〉
更虚更滿。故氣得上下五藏安定。
〈こも更ごも虚し、更ごも滿つる。故に氣上下を得て、五藏安定す。〉

 
 
Ⅲ.  治  療
胃熱を瀉すための取穴

胃経 ・・・豊隆、三里、上下巨虚、内庭
脾経 ・・・太白、隠白
肝経 ・・・行間・太衝間の無名穴、蠡溝、中都
三焦経 ・・・外関
心包経 ・・・内関
大腸経 ・・・合谷
膀胱経 ・・・膈兪、肝兪、脾兪
任脈 ・・・妥中、上渚、中渚

經外奇穴 ・・・下曲沢
腹大動脈の疎通をはかる  関元、照海

陽稜泉 ・・・伊藤瑞凰先生は、胃粘膜の酸分泌腺が必要以上に開くことを妨げるため、陽稜泉に刺鍼することを掲げておられる。